(ニューヨーク)国際刑事裁判所(ICC)検察官が、ミャンマー国軍総司令官ミンアウンフライン氏に人道に対する罪の容疑で逮捕状を請求したことは、同国のロヒンギャの正義の実現に向けた重要な一歩であると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。2024年11月27日、バングラデシュ訪問中の国際刑事裁判所(ICC)のカリム・カーン主任検察官が発表した内容は、2016年~2017年の残虐行為をめぐるアカウンタビリティの道を開くことで、不処罰が国軍による継続的な人権侵害を後押ししている現状を変えるものとなる。
カーン検察官は、2017年8月~12月にミャンマー国内とともにバングラデシュでも発生したロヒンギャの追放と迫害という人道に対する罪について、ミンアウンフライン氏に責任があるとし、逮捕状を請求した。ミンアウンフライン氏は2021年2月のクーデターの首謀者であり、現在も国家行政評議会(SAC)の最高指導者である。
「ICC検察官による逮捕状請求は、人権侵害を行うミャンマー国軍幹部らも法の裁きの対象であることを告げる力強い警告だ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのマリア・エレナ・ヴィニョーリ上級国際司法顧問は述べた。「これは、ロヒンギャの人びとに対して、法による正義を求めるかれらの闘いが忘れられていないことを伝える重要なメッセージでもある」。
カーン検察官は声明で、一連の犯罪は「ミャンマー国軍(タッマドー)が、警察、国境警備隊、またロヒンギャではない民間人の支援を受けて」行ったと述べた。また、検察官事務所による国軍幹部の逮捕状請求はこれが初めてだが「さらに行われる」とも付け加えた。
2017年8月、ミャンマー治安部隊はラカイン州北部のロヒンギャに対して虐殺、レイプ、放火を伴う大規模な軍事作戦を開始した。これにより70万人以上がバングラデシュへの避難を余儀なくされた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、この一連の残虐行為が人道に対する罪とジェノサイド行為に該当すると判断した。
ミャンマーはICC非加盟国だが、2019年にICC検察官は、少なくとも一部がバングラデシュまたは他のICC加盟国で起きたとされるロヒンギャ住民への重大犯罪についての捜査を開始した。ICCが管轄権を行使できるのは、加盟国の国民が行ったか、加盟国の領土内で行われた犯罪に限られる。国連安全保障理事会がICCに状況を付託した場合、または当該の非加盟国がICCの管轄権を受け入れた場合はこの限りではない。
検察官の要請はICC予審裁判部に提出されており、そこで逮捕状を発行するかの判断がなされる。裁判部が判断を下すまでの時間に制限はない。裁判部が逮捕状を発行した場合、ICC加盟国はミンアウンフライン氏が自国領土に入った場合、彼を逮捕してICCに身柄を引き渡す法的義務を負うことになる。ICCでは欠席裁判は認められていない。
2016年~2017年に起きたロヒンギャに対する犯罪について法的責任を問われた人物はまだ1人もいない。他方で、ミャンマー危機に対する国際社会の反応はまとまりを欠き、たどたどしい。国連安全保障理事会には法的拘束力のある決議を採択する権限があるが、機能不全に陥ったままだ。安保理理事国はクーデター後に国軍が行った人権侵害を非難する2022年12月の決議について、具体的措置を伴うフォローアップを行っていない。中国とロシアによる拒否権発動が予想されるため、安保理での議論は進まず、ミャンマーの状況をICCに付託してもいない。付託が行われれば、ミャンマー領内で起きたとされる犯罪にも管轄権が及ぶことになる。
数十年来の不処罰に味を占めるミャンマー国軍は、2021年のクーデター以来、戦争犯罪と人道に対する罪を積み重ねている。この1年、反体制勢力や民族武装勢力との戦闘が国内の至るところで起きている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ラカイン州での軍事政権によるロヒンギャへの組織的な人権侵害行為が、アパルトヘイト、迫害、重大な自由剥奪という人道に対する罪に相当することを明らかにした。現在、ミャンマー国内に残る推定63万人のロヒンギャは、2017年以降で最も深刻な脅威に直面している。
軍事政権は「無許可移動」容疑でロヒンギャ数千人を拘束し、ラカイン州で新たな移動制限と人道支援阻止を課している。この1年でミャンマー国軍と民族武装勢力の1つ「アラカン軍」はロヒンギャへの集団殺害、放火、違法な徴用を行ってきた。ミャンマー国軍とアラカン軍は、ミャンマー・バングラデシュ国境沿いに地雷を敷設する一方で、地域の掌握を巡り争っている。
推定4万人のロヒンギャがここ数ヵ月でバングラデシュに到着した。ミャンマーで人権侵害が続いていることが原因だ。すでに同国には、2016年~2017年にかけての、またそれ以前からの残虐行為から逃れてきた約100万人の難民が滞在する。難民キャンプの治安と生活環境は悪化している。
法的責任の包括的な追及を実現するために、安保理はミャンマーの状況をICCに付託することで、管轄権を拡大し、犯罪行為の全容に対処すべきであると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。ICC付託がなされれば捜査範囲は広がり、とくにミャンマー国内の他のコミュニティに対する国軍の重大犯罪も対象となる。
国連が支援する「ミャンマー独立調査メカニズム」は、重大犯罪の責任を負う個人の刑事訴追に向けた証拠収集と訴追資料作成をマンデートとしており、2024年7月には「ミャンマーで起きた重大な国際犯罪に関する多岐に渡る証拠を収集・分析している。特定個人の刑事責任に関する証拠も対象だ」と報告した。調査団は、2023年7月~2024年6月に、ICC、国際司法裁判所(ICJ)、および普遍的管轄権の原則に基づきロヒンギャへの犯罪を調査中のアルゼンチン当局と「前例のない量の証拠と分析」を共有したと述べた。
ICJはガンビアがミャンマーを相手取って起こした訴訟を審理中だ。この訴訟はジェノサイド条約違反の疑いがあるとするもので7カ国が支持している。2020年1月23日、ICJはミャンマーに対して暫定措置を命じ、ロヒンギャに対するジェノサイド行為を全面的に防ぐこと、国軍などの治安部隊がジェノサイド行為を行わないようにすること、またこの訴訟に関連する証拠の保全措置を講じるよう命じた。国軍による人権侵害の激化は、このICJの暫定措置に対するあからさまな無視を浮き彫りにするものだとヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。国連人権高等弁務官は、2024年6月の報告書で、「ロヒンギャを危険にさらすすべての当事者による行動は、国際司法裁判所が命じた暫定措置に違反しているように思われる」と記している。
安保理理事国は、悪化するミャンマー情勢と国軍の暫定措置違反行為に対処する公開会合を開催するともに、国連憲章第7章に基づく強力なフォローアップ決議の機運を高めるべきだ。この追加決議には、ミャンマー情勢のICCへの付託に加え、国際的な武器禁輸措置の実施、国軍指導部と国軍所有企業への標的制裁、国連事務総長によるミャンマー情勢についての定期報告の要請などを盛り込むべきだ。
バングラデシュとミャンマーのほか、現在ICCは15の事案を扱う。ICCは、パレスチナに関する捜査の一環として、イスラエル政府首脳2人とハマス指導者1人に11月21日付で逮捕状を発行したことで、米国連邦議会の議員団から新たな制裁を受ける恐れにさらされている。
ハーグでの年次会合を準備するICC加盟124カ国は、ICCのマンデートを弱体化させる一切の企てから裁判所を守る用意をしておくべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「ミャンマーで現在も続く人権侵害行為に対処することは、軍政への道筋をつけた深刻な犯罪に関与した者たちの法的責任を追及することだ」と、前出のヴィニョーリ上級顧問は述べた。「正義を実現する手段が他にほとんどないなかで、ICCはまさに設立目的に沿った役割を果たしている。ICC加盟国はICCを全面的に支援し、その独立した国際的マンデートを支持し、擁護するよう声を上げるべきである」。